啓翁桜、「昭和5年、福岡県久留米市山本の吉永啓太郎氏が中国の実桜を台として彼岸桜を接いだところ、穂木として使った彼岸桜からその枝変わりとしてできたもの。命名は同じく久留米市の弥永太郎氏で名前の一字をとって啓翁桜とした。(出典/福岡の花)」
 そののち、今村土男氏を経て大和農園に苗が入り(国重正昭先生談)、大和農園山本営業所より、「敬翁桜」として販売されていたものを1962年石井久作が導入しました。
 導入当時からかなりばらつきのあったものを系統選抜し、初市に出荷できる桜として話題であったことと、豪雪でも雪の上に枝を出していることから、桑園の廃園の相談に応じた折、数ある花々の中から薦めるにいたりました。
 現在では、やませ地帯でも病気に強い系統、四季咲き系統、大輪種、擬似八重種などを擁し新たな産地を起こすべく市場に求められるようになりました。石井久作の代では県内、近県の普及にとどまっていましたが、最近ではかなり遠隔地からまで苗の要請を頂いておりますし、出荷に向けて順調な滑り出しをしておられる地域がございます。ただし、成木まで5年の歳月を要するため取り掛かって産地に立ち上げるのは容易なことではありません。ぜひ皆様のご理解を頂き、ますます桜を歌仙の心でめでていただけますようお願いいたします。
 
 

他の挑戦者の園地
2002/10/28山間部の啓翁桜
南陽市 小滝
雪害・鼠の害が多少ありました。
2002/10/01台風による倒木被害
風に弱い欠点がある。この欠点
は彩久作で改善されたが・・・
2002/05/03菌核病による新梢
の病死。花芽減少につながる。
2002/10/01台風による倒木被害
啓翁桜の園地 左 啓翁桜


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